【書評】スタートアップ投資関係者は必読:Creative Capital

先日シンガポールを訪問した際に、とある自分のVCを運営されている先輩投資家とお会いした際、VC業界自体の今後について伺った際、「今後も良いけど、先ずはVCの歴史を知るのもよいのでは?」と言われ、この本をご紹介頂いた。

VCの歴史やそのストラクチャー、投資に限らず人生の教訓になる教えが散りばめられたInspiringな本だったので、学びとなった内容を中心に、以下にまとめてみたいと思う。ここでは書ききれないことも多くあるので、興味を持ったら是非自分で読んでみてほしい。

George Doriotとは

先ず、主人公のGeorge Doriotとはいかなる人物だったのか。

1899年にパリで生まれアメリカへ移った移民
Harvard Business Schoolにて40年にも渡り教育を施した教授
・ヨーロッパトップMBAスクールのINSEADを設立
・世界初のVCであるAmerican Research and Development(「ARD」)を設立
・最初のVCホームラン案件であるDigital Equipment Corporation(「DEC」)へ投資

僕が驚いたのは、DoriotHBSの教授とARDの経営を同時に務めていたことに加えて、INSEADも設立していることだ。VCに留まらず、教育を通して計り知れない影響を与えた人である。

人物としては、「The objective of life was to better yourself and your family」とあるように愛妻家で、ワーカホリックではあったものの、家族との時間も大切に過ごしていたことが分かる。

さらに、「大きな野心家であったが、謙虚で、お金によって突き動かされているのではない」とあるように、ARDでの給与は低く設定していて、彼の死後に彼が換金していなかったDEC株式の価値分を寄付するよう遺言として残していたようだ。

ARDの歴史

続いて、世界初のVCの一つと言われているARDについて、見ていこう。

1946年:マサチューセッツ州ボストンにて会社形式にてARDが設立
1957年:MITLincoln Labから生まれたDECに投資
1965年:Doriot右腕のElfersが退職し、Greylock PartnersをボストンにてLP形式で設立
1967年:DECが上場。最初のホームラン案件に
1972年:TextronARDを合併
1985年:TextronARDをスピんオフしLP形式に。Mellon家(?)によって買収

先ず挙げたいのは、ARDが保険会社や大学基金等の機関投資家のみから資金調達したことだ。1946年には、J.H WhitneyRockefeller Brothersという他二つのVCが立ち上がっているが、何れもファミリーのお金を運用している。Doriotが機関投資家から資金調達した意味は、機関投資家とスタートアップという全く異にするコミュニティを、お金を流すことで繋いだことだ。

次に、ARDが会社形式、つまり会社の株式を投資家に売って、投資資金を調達していたことだ。このため、政府(SEC)からの規制や監視下にあり、特に従業員にStock Optionを発行できなくなった。ARDのこの失敗もあり、LP形式が業界の標準となっていく。

参考までに、株式会社と比較したLP形式のメリットを挙げておく。

1. GPは給与等をカバーするマネジメント・フィーに加えて、成功報酬であるキャピタル・ゲインを得られる
2. 財務等、情報公開の必要がない
3. 情報公開不要に加えて、配当や利子等の支払を気にすることなく、長期目線で投資が可能

最後に、DECIPOだ。DECは、MITLincoln Labという現在も存在する国防目的のラボ出身の会社で、当時IBM等によって販売されていたコンピュータを、より安い価格で製造・販売することに成功した。DECIPOによって、ARDは、その投資分$70K500倍になり、12年間の全体の投資パフォーマンスがIRR17%と成功した。DECは、VC投資の最初のホームランとしてその後の業界へ大きく与えた。会社自体も、その後Compaqに買収され、そのCompaqHPと統合したことで、現在もHPの中に残っている。

ベンチャーキャピタルの歴史

本著では、ARDの歴史に加えて、VC業界の歴史にも触れていたので、以下で見ていこう。

1959年:最初のLP形式のVCDraper, Gaither & Anthersonがパロアルトで設立
1961年:Davis & Rockの設立
1972年:Greylock Partnersが追加資金調達で新しいPartnershipを設立
1972年:Kleiner Perkinsの設立
1975年:Capital GroupからSequoia Capitalが独立

先ず、1959年にARDが採用した株式会社ではなく、LP形式でパロアルトでVCが誕生した。ちなみに、このDraperは、現在業界の重鎮としてシリコンバレーで活躍するTim Draperのお爺さんだ。

次に、「8人の裏切り者」の支援者やIntelAppleの投資家として有名なArthur Rockが、Davis & Rockを設立している。ちなみに、Arthur RockHBS時代のDoriotの教え子である。

そして、上述した1965年にARDDoriotの右腕として活躍したElfersが設立したGreylockが、現在のVCのスターンダードの一つを作った。Greylockは、現在Linkedin創業者のReid Hoffmanが所属するなど、代表的なVCだ。彼らは新たに投資資金を調達する際、既存のPartnershipに追加投資ではなく、新たなPartnershipを設立することで、それを行った。つまり、GreylockVCがファンドを1号、2号・・・と3年置き位に新たに設立していく慣習を作ったと言える。これは以下の3点で革新的だった。

新規にPartnershipを設立するメリット
  1. 若いGeneral Partnerを新たに迎えられる
  2. 既存Partnershipのバリュエーションが問題にならず、新たなLPを加えやすい
  3. パートナーシップの設立日が固定され、ファンドのパフォーマンスを計算しやすい

続いて、現在業界でトップであるSequoiaKPCBの誕生だ。何れも現在のVC業界に大きな影響を与えているので、それを簡単に見ていこう。

先ずKPCBだが、ファウンダーの一人であるPerkinsは、DoriotARDにおける後継者として有力視されていたのだが、結局、自身でファンドを起ち上げた。「8人の裏切り者」がRockの支援の元で起ち上げたFairchild出身のKleinerHP出身のPerkinsが起ち上げたファンドで、初めてハンズオン投資を実施したことで知られる。つまり、設立された会社に投資しそのサポートをしていくだけでなはなく、スタートアップ自身を自ら立ち上げて成長させたファンドということだ。加えて、Genentechへの投資でも成功していて、半導体(Fairchild等)、ビデオゲーム(Atari)、パーソナル・コンピュータ(Apple)、バイオ(Genentech)という分野で、ARDがあったボストンを含む東海岸からシリコンバレーへ、VC業界の主流を変えたパイオニアでもある。さらに、文中では「Keiretsu」と紹介されている、ポートフォリオ会社間のシナジーを意識した投資先選定を始めたことも知られている。

次に、Sequoiaだ。Sequoiaは、1972年にYonkers生まれでFordham大学卒のDonald Valentineによって設立された。ValentineFairchildで働いた後、巨大機関投資家として有名なCapital Groupにて小さな未上場企業投資を始める。そこでSequoiaを設立し、後に独立した。Atariへの投資で成功し、そこで働いていたSteve JobsWazniakと知り合い、後にAppleへの投資も行った。加えて、Sequoiaは、「Aircraft carrier investment」と呼ばれる投資戦略を実施したことでも知られている。つまり、コアとなる企業の周辺事業を行う企業にも投資するものだ。Appleへ投資した後、SequoiaAppleへ供給を行う13の企業に投資し、成功している。

まとめ

Venture Capitalの生みの親であり、INSEADの設立者であるGeorge Doriotについて書かれた「Creative Capital」の書評と題して綴ってきたが、いかがだっただろうか。以下、本著の学びを纏めてみる。

  • George Doriotとは、フランスからの移民で、HBSの人気教授、仏INSEADの設立者、世界初のVC ARDの創業者
  • 大いなる野心家であった一方、お金に突き動かされたわけではない
  • ARDは、DECへの投資で、VCとして世界初のホームラン案件を実現
  • ARDは株式会社で、SECの監視により、ストックオプション制度を維持不可に
  • Greylockは、LP形式のファンドとして、ARDの卒業生が設立。

本投稿の最後は、本著のタイトルである「Creative Capital」についての、本文中の下りで締めたいと思う。

“There is always a critical job to be done,” said Doriot. “There is a sales door to be opened, a credit line to be established, a new important employee to be found, or a business technique to be learned. The venture investor must always be on call to advise, to persuade, to dissuade, to encourage, but always to help build. Then venture capital becomes true creative capital— creating growth for the company and financial success for the investing organization.”

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